足助は信州、尾張(名古屋、岡崎)、東美濃通じる交通の要所で、1601年(慶長6)制定された東海道五十三次の宿場よりも前に宿場町として栄え、裏街道と言われていた。 現在の伊那街道には他に7つの呼び名があります。
武将たちにすれば、現代で言う車社会にもある抜け道(裏道)で、 人知れぬ絶好の近道だったんでしょうね?
忘れてはいけないのは、足助城の周りの谷は、自然の堀に相当しますね。ほとんどが城への道だったとか。(現在は整備された遊歩道になってます。)