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足助城 アンビリバボー

小牧城 あいち・まなび歴史編

本当の名前は何??

  足助は信州、尾張(名古屋、岡崎)、東美濃通じる交通の要所で、1601年(慶長6)制定された東海道五十三次の宿場よりも前に宿場町として栄え、裏街道と言われていた。
現在の伊那街道には他に7つの呼び名があります。


信州街道(信州・長野へ抜ける道)
塩の道(三河湾:太平洋から信州へ運んだ道)
中馬街道(馬で荷物を運送する業者をいい、足助でブレンドされた三河湾の塩などを7貫
(1貫:約26キログラム)左右に2つづつ馬にぶら下げて運んだことからついた名称。)
三州街道(信州から三河:三州をさすことからついた名称。)
善光寺街道(三河から、信州善光寺をさすことからついた名称。)
宮街道(信州から、伊勢や熱田神宮をさすことからついた名称。)
飯田街道(三河から信州飯田をみてついた名称。)

武将たちにすれば、現代で言う車社会にもある抜け道(裏道)で、
人知れぬ絶好の近道だったんでしょうね?

忘れてはいけないのは、足助城の周りの谷は、自然の堀に相当しますね。ほとんどが城への道だったとか。(現在は整備された遊歩道になってます。)


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