木曽川の南岸にその姿をたたえる犬山城。平野部にある丘陵を利用して本丸を築き、周囲に外郭を設けた「平山城(ひらやまじろ)」という形式でできています。名城といわれる城の多くが、この形式で構えています。
小牧山の頂に優雅に構えているあのお城。アレが天下の織田信長のかつての居城『小牧山城(小牧城)』だと思っている人、いませんか?あの建物、実は「小牧市歴史館」という、小牧の歴史を展示してある資料館なのです。
岡崎城の起源は15世紀前半まで遡り、康正元年(1455)明大寺の地に西郷稠頼によって築城されたのがその始まり。その後、亨禄3年(1530)に松平清康(徳川家康の祖父)が現在の位置に移して以来、岡崎城と称されるようになった。
名古屋城は、徳川家康によって、慶長14年(1609)江戸幕府の東海の拠点として、また当面は大坂(今の「大阪」)方への備えとして清須(今の清洲)から名古屋へ遷府を決意し、翌15年に着工、17年頃に完成された代表的な平城。
それは遡ること室町時代初期。尾張の守護職であった斯波義重は、清洲に守護所下津城(現在の稲沢市)の別郭として清洲城を築き、織田敏定を守護代としてその勢力保持をはかったといわれています。
足助城は戦国時代の山城です。足助城は、戦国時代に足助地方を領有していた鈴木氏の山城です。平成2年から町制100周年を記念し、発掘調査の結果に基づいて、高櫓・長屋・厨・物見台・橋などを復元しました。
織田信長の父信秀が、三河の今川氏に対する防備を目的に、東山丘陵の地形を利用して天文17年(1548年)築城しました。標高43mの平山城(ひらやまじろ)で、本丸を中心に西の丸を設け、二重掘をもっていました。
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