城NAVI
CONTENTS
犬山城
小牧城
岡崎城
名古屋城
清洲城
足助城
末森城

概要 桶狭間出陣 清須市の歴史 アクセス 画像集
清洲城

□あいちまNAVI >> □城NAVI >> □清洲城 桶狭間出陣 

清洲城 桶狭間出陣

桶狭間へいざ出陣!信長公の当時の居室再現

清洲城の2階には、織田信長公当時の居室を復元した展示室があります。 展示場面は、若き信長公と清洲城を象徴するかの有名な「桶狭間出陣」で、出陣を前に信長公が胸中に決死の覚悟を秘めて、こよなく愛した謡曲「敦盛」を舞うシーンです。

展示室、人形、衣装は本格仕上げで、太刀などの武器類も伝世品を収集したそう。この展示室を通して、織田信長公と戦国大名の生活や文化をより深く知ることができそうですね。


<濃姫の衣装>濃姫の衣装

羽二重の片裾模様小袖。
春草と桐唐草の模様の
金糸ぬいとり。

信長公の当時の居室再現

信長公の当時の居室再現

永禄3年(1560年)5月。今川軍は上洛を目指して4万の大軍を発し、尾張に攻め入った。5月19日、今川軍は丸根・鷲津の二つの砦を落とし、清洲城をも一蹴しようとしていた。

火急を知らせる鎧武者。報告を受けた信長公は、出陣することは口に出さず、「鼓を持て」と濃姫に告げて、静かにうたい、舞い始めた。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか」信長公の声が、朗々と常駐に響き渡った。

決死の覚悟を胸に秘めて舞い続ける信長公。信長公の心中を察した濃姫。重臣たちの表情も厳しい。三千人ともいわれる信長軍が、四万人の大軍と一体どうやって戦えばよいのか。張り裂けんばかりの気持ちを抑えて、信長公を見つめる濃姫、重心、鎧武者、そして小姓たち…。

その緊迫感と共に言いようのない切なさが溢れる居室を表現したのが、この場面なのです。

 

<信長公の衣装>
信長公の衣装
袴、腰ひも、足袋は全て鹿皮。腰ひもは、菖蒲の葉と花の紋様を染めた。ショウブを「尚武」にかけて武を尊ぶという意味。

打掛けを腰に巻いた腰巻き姿。夏の正装
打掛けを腰に巻いた腰巻き姿。夏の正装。

足袋は小桜紋様
足袋は小桜紋様

唐織りの打掛け。秋花飛柄に金糸破格子。
唐織りの打掛け。秋花飛柄に金糸破格子。
<鎧武者の衣装>
鎧武者の衣装
鎧姿の伝令武将の紋様は、勝つ虫とも呼ばれた「とんぼ(蜻蛉)」をあしらっている。
<小姓の衣装>
小姓の衣装
「矢羽根柄熨斗目紋様」の小袖袷に肩衣袴をつけている。
<家臣の衣装>
家臣の衣装
上に鎧を着用するため鎧直垂(よろいひたたれ)という。生地は麻、色は「褐色(かちいろ)」と呼ばれ、縁起を担ぐ意味で「勝ち色」に変化したもの。紋様は破鞘型(やぶれさやがた)。

   □あいちま    □あいちまドライブ [ このサイトに関するご意見・ご感想 ]    [ Copyright(C) ]    [ Privacy Policy ]