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小牧城

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小牧城 概要

戦国の世を駆け抜けた織田信長の残された夢の跡。

小牧山の頂に優雅に構えているあのお城。アレが天下の織田信長のかつての居城『小牧山城(小牧城)』だと思っている人、いませんか?あの建物、実は「小牧市歴史館」という、小牧の歴史を展示してある資料館なのです。時は昭和43年3月。名古屋の実業家平松茂氏が、小牧山の頂上からの眺望に心を奪われ、「ここに城を建てたら…」と一念発起。私財を投じて小牧市に寄贈して建設し、小牧市に寄贈されたのです。

小牧市歴史観
小牧市歴史館
犬山城は、天文6年(1537年)に現在の位 置に天守が造営され、織田与次郎信康が城主となったのですが、信康は天文16年(1547年)、岐阜の稲葉山城で戦死。その子織田十郎左衛門信清が代わって城主となりました。

もちろん、この歴史館は戦国時代に築いた「小牧山城」の面 影を再現したとても趣深い建物ですから、今でも本物のお城だと信じている人が少なくないのは当然といえば当然。…ということは、小牧城の名残はもう歴史館の中に展示されている資料だけなの?

いえいえ。とんでもありません!何を隠そう、その小牧市歴史館を冠のようにかぶっている『小牧山』そのものが、戦国の世を駆け抜けた織田信長の夢の跡に他ならないのです。

春の小牧山春の小牧山

小牧山古城絵

そのことは、左の「小牧山古城絵図」を見ても一目瞭然。図の外側の茶色の部分が「土塁(石などを使わず、土を固めて作った壁)」、黄色の部分が「堀」を表しています。つまり、小牧城は小牧山の土地ほぼ全体を使って建てられていたことになります。ですから、これからは信長のかつての居城は「小牧山城」というよりも、「小牧山全体」と考えた方が理解しやすいかもしれませんね。

小牧山古城絵図拡大画像は、こちらから


小牧市歴史館
4階建ての小牧市歴史館には、
各フロアに趣深い資料が
展示されている
桜の馬場
桜の馬場

小牧山緑地公園
小牧山緑地公園

 
実は犬山城は別名「白帝城」ともいわれているのです。

江戸時代の儒者荻生徂徠(おぎう・そらい)が、李白の詩「朝に辞す白帝彩 雲の間・千里の江陵一日にして還る・両岸の猿声啼きやまざるに・軽舟すでに過ぐ万重の山」にちなんで命名したと伝えられています。

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