小牧山の頂に優雅に構えているあのお城。アレが天下の織田信長のかつての居城『小牧山城(小牧城)』だと思っている人、いませんか?あの建物、実は「小牧市歴史館」という、小牧の歴史を展示してある資料館なのです。時は昭和43年3月。名古屋の実業家平松茂氏が、小牧山の頂上からの眺望に心を奪われ、「ここに城を建てたら…」と一念発起。私財を投じて小牧市に寄贈して建設し、小牧市に寄贈されたのです。
もちろん、この歴史館は戦国時代に築いた「小牧山城」の面 影を再現したとても趣深い建物ですから、今でも本物のお城だと信じている人が少なくないのは当然といえば当然。…ということは、小牧城の名残はもう歴史館の中に展示されている資料だけなの?
いえいえ。とんでもありません!何を隠そう、その小牧市歴史館を冠のようにかぶっている『小牧山』そのものが、戦国の世を駆け抜けた織田信長の夢の跡に他ならないのです。
春の小牧山
そのことは、左の「小牧山古城絵図」を見ても一目瞭然。図の外側の茶色の部分が「土塁(石などを使わず、土を固めて作った壁)」、黄色の部分が「堀」を表しています。つまり、小牧城は小牧山の土地ほぼ全体を使って建てられていたことになります。ですから、これからは信長のかつての居城は「小牧山城」というよりも、「小牧山全体」と考えた方が理解しやすいかもしれませんね。
小牧山古城絵図拡大画像は、こちらから
小牧山緑地公園
江戸時代の儒者荻生徂徠(おぎう・そらい)が、李白の詩「朝に辞す白帝彩 雲の間・千里の江陵一日にして還る・両岸の猿声啼きやまざるに・軽舟すでに過ぐ万重の山」にちなんで命名したと伝えられています。