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コラム名古屋の用水庄内用水 第1話 生活を支える用水
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 江戸には「玉川上水」「神田上水」など「上水」と名の付く用水が多いのが特徴です。京王線「桜上水」駅、西武線「玉川上水」駅などがあるのを見ると、今日の東京でも用水というより上水という表現が何となく一般的であるようです。
 上水と用水の違いは、水を引いた目的の違いから来ています。
 上水は、城下の飲用の水を引くためのもので、現在で言う水道のことです。神田上水がかつて流れていた場所が、文京区水道という町名となっているのは、これを示す良い例と言えるでしょう。
 これに対して用水は、農業用の水を得るための水利施設です。ただし農業用の水と言っても単に灌漑用の水というだけでなくて、同時に農民の飲料用の水でもあったことは言うまでもありません。
 かつて海であった沖積地、そして近世に入って干拓により新田開発した場所などであっては、飲用の水は掘抜井戸には頼れません。掘っても塩気混じりの水しか出てこないからです。
 従って農民にとって用水は、飲用も含めた命をつなぐ重要性をもったものであったのです。
 このことから、例えば玉川上水の分水として一六六四年三田・芝周辺への飲料水を送るため作られた三田「上水」は、一七ニニ年に一旦廃止になりましたが、周辺十四ヶ村の猛烈な陳情により二年後に三田「用水」として復活しました。
 あるいは用水の水利権をめぐるいわゆる「水争い」が全国至る所に起こったのは、生活の基盤としての「水」の重要さを示していますね。

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