もともとの名古屋の城下町が湧き水に恵まれていたことは前回お話しましたが、城下が拡大するにつれ、かつて「泥江(ひじえ)」(泥だらけの入江)と呼ばれた城の西側にも町並みが拡がっていきました。
さすがにこの一帯は井戸では対応出来ず、飲料水用の上水が作られました。それが巾下(はばした)上水です。名古屋の上水の歴史は江戸時代に遡り、尾張藩二代目藩主・光友の命により一六六三年着工し、翌年竣工した御用水と巾下上水が始まりとなります。
これが近代水道が名古屋に登場するまでの唯一の水道となりました。
現在の西区幅下を始めとする地域に供給していたのが巾下上水です。興味深いのは、この上水の源が城の濠(ほり)であったことです。
現在、御深井(おふけ)濠の 名で知られる名古屋城の北から西にかけての濠は、かつて湧水によって満たされていました。
この湧水を本丸西で取水し、その後は地下に木樋を埋設して水道の役割を果たしたのです。現在のウェスティンナゴヤキャッスルホテル側の道路脇にある取水口には、「辰之口水道大樋」という標識が立ち、かつての石組みの様子が垣間見えます。また、この大樋があったことからこの一帯が樋の口(ひのくち)町と名付けられたのです。 |
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