一七八四年の大幸川の流路変更(志賀町から堀川に向けて南西に流れるようにしたもの)もあり、一七九ニ年にはこれまでの大幸川を経由していた庄内用水の流路が大きく変わりました。
当時の庄内用水の流れを追ってみましょう。まずは川村で取水し、矢田川を越える手前で西へ向かいました。
当時の矢田川は北区安井町から稲生方向に流れていたのですが、このころ庄内川と矢田川に挟まれ「川中」と呼ばれていた成願寺(じょうがんじ)・中切・福徳(いずれも名古屋市北区)の三つの村に新しく水路を開きました。
この時の三つの村を結ぶ庄内用水路がいまの「三郷水路」の由来です。潤いのある美しい散歩道として今は私たちを楽しませてくれます。
この先は福徳と稲生の間に新たに矢田川を越える伏越を設けて従来の水路につないだといいます。
河川の分流を用水に転用したもともとの庄内用水の流路と異なり、この時期の流路は直線的であるのが、人工的に開いたことを顕著に示しています。
現在の庄内用水の流路が完成したのは、一八七七年黒川治愿(はるよし)による黒川の開削が行われた当時です。
取水口を守山区瀬古に設け、矢田川の新しい伏越の建設により、上飯田から稲生にかけての水路が新たに設けられ、庄内用水は今日見られるような姿となったのです。 |
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